北緯36度のゆず

宮ゆず

farmer:床井光雄

area:宇都宮市新里

 

エピソード1:季節風「日光おろし」を乗り越えて

 

昭和39年、宇都宮市新里で100本のゆずの苗木から始まった、床井柚子園の宮ゆず。

「日光おろし」の越冬課題を乗り越えながら、地域で組合を立ち上げて高品質なゆずの生産を目指します。

10年後に初めての実がなりますが、有名産地の大量出荷に太刀打ちできず、東京市場への出荷を断念しました。

やがて高齢化・兼業化など、生産が危ぶまれました。

いま、2代目の床井光雄さんには強い信念があります。

「たくさん作ること、流通に乗せることではかないません。

けれど、日光おろしの寒さを乗り越えた宮ゆずは、香り高く、特別な用途があると僕は信じています。」

光雄さん自身も、元は建設会社を経営していた兼業農家。

現在は1000本あったゆずの木を250本に減らすことで、のびのびとした日当たりや土壌を確保し、

小ロット生産の付加価値に創出に挑みます。

「手の届く範囲の生産だからこそ、いい使い手と出会いながら、日々やっていける。

子供のように大切に育てて、価値を分かってくれる人に売っていくことで、家業と地域を守っていきたい。

静かな新里でゆずとの暮らしに専念しています。

エピソード2:​床井光雄さんと私

私が栃木リキュールとして宮ゆずを使うのは、ごく自然なことでした。

当時バーテンダーだった私が、製造業の現場を知るため食品加工設備見学に参加したとき、初めて出会ったのが光雄さんです。

彼は、様子の浮いた私に「今度うちの畑へおいで」と声をかけてくれました。

彼らの住む場所を訪ねてみると、静かな、時の止まったような美しい風景がありました。

採れたてのゆずを加工する設備も、すでに持っていました。

 

光雄さんは大学の大先輩でもあり、奥様もまた私と同じ学部の大先輩でした。

真摯で学者肌な光雄さんと、小さな加工所の工場長でもある明るい奥様と接するうちに、

私は彼らの見る世界・生きる場所が好きになり、これからも一緒に歩みたい、役に立ちたいと思うようになりました。

「なぜ栃木リキュールはこの素材を選んだのか」と聞かれることがしばしばあります。

どんなこだわりでこの素材に着目するのか、ということだと思うのですが、

私が優先するのは「その地域と生産者が好きだから」という、感情的な答えです。

私の仕事において、素材単体よりも人を見ることは何より先決なのです

その素材がどんな場所で生まれ、どんな人の手で愛されて育ってきたか。

そうした歴史が魅力的だと感じた時に、初めて私は「どんな味か」に関心を持ちます。

そしてその味を加工してどこに着地させるかは、素材の生まれ育ちに相応しいものでなければなりません。

栃木リキュールはこうしたローカル・イメージを味わうひとときを届ける加工者でありたいと願っています。​​

そのインスピレーションはごく自然で、私たちはこの栃木で常に素晴らしい素材に囲まれ、出会い、生きているのだと感じます。

大切な人と、大切な物を共有して、地域を愛して輝かせたいという願い。

新しい夢にチャレンジしていく思い。

私の手仕事は、シンプルで希望に満ちたローカルに根付いています。

 

エピソード3:宮ゆずの可能性

種のないゆず品種は、小玉なので丸ごと加工することができます。

また、レモンのようにスライスして美しい断面を生かすことができるのも魅力です。

種のある品種は大きく実るため、香気成分の利用と共に、種の化粧品利用に適しています。

さらに、床井柚子園では、ゆず花の蜂蜜採取や、葉や果実の機能性成分の分析に取り組んでいます。

 

エピソード0​:2016年「栃木の果実で広がる未来!」

 

2016年、NHKとちぎで「地元銀行第一回ビジネスコンテスト」の様子が放送されました。

酒造業の実現性の低さ、リキュールの認知度や採算性の低さから審査が割れました。

プレゼンを準備するにあたり「なぜやりたいのか?やめたらいいんじゃないか?あなたには向いてないんじゃないか?」経営者としての資質や動機を掘り起こし、いったん荒らすことから始まりました。

利益の構築がどうしてもできず、「今のままバー経営で十分なんじゃないですか、原さんに製造業の参入なんて無理です」との焚きつけもありました。そのたびに、事業価値を信じているのは私だけだ、未来に絶対必要になる、私事なんて言わせない、地域に有用なこと、数字をもっと組み立てなければと、悔しさに背中を押されました。

 

校正中のプレゼンは、BARの営業中にお客さんに紙芝居として何度も実演して、常連の方にも、初来店の方にも、たくさんのアドバイスをもらい続けました。

さらに、本番の2日前に来店された宇都宮大学農学部生の「僕これじゃいやです」という言葉を受けて、提出済みの数字詰めの最終稿を、本番で農家さん寄りの感情的な原稿に書き換えるなど、最後まで当日観覧に来てくださる先輩・後輩・農家さん・地元のみなさん、銀行の人すら驚かせて、最も良いスタイルは何か、追究させていただきました。

舞台上では皆さんの応援が私の勇気となり、思いがけず最優秀賞をいただきました。

私より先に、観覧席の応援者や銀行の人が涙していて、思わず感涙してしまいました。

栃木リキュールはたった一人の会社と思われがちですが、

たくさんの人の思いを私が集約させていただき、利益が出るまで責任を持って乗り越え、遂行していく覚悟で始めた会社です。

もちろん重たい覚悟だけでなく、バーテンダー時代からの柔軟な思考で、お客様のニーズに沿った舵取り、レシピやブランド作りといった、ものづくりの醍醐味を満喫させていただいております。

これからもより多くの方と繋がって、未来に引き継ぐことのできるローカルビジネスを目指して参ります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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